三線に関する「のうはう!」

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三線とは?

三線(さんしん)は、弦楽器の一種。沖縄県および琉球文化(沖縄音楽)を代表する楽器である。音を出す胴の部分に蛇皮を張り、胴の尻から棹(さお/ソー)と呼ばれる棒に向けて三本の弦を張りわたして、弦を弾いて鳴らす。弦楽器のなかでも特に撥弦楽器に分類される。琉球古典音楽や沖縄民謡から奄美民謡、ポップスに至るまで、多様に用いられている。主にメロディ部分が奏でられる。数え方は主に「本」「棹/竿(さお)」「挺/丁(ちょう)」を用いる。

■さまざまな型と分派
棹の形状からその型は七種類に分類される。現在製作されている三線は以下の型のレプリカ。琉球三線楽器保存育成会の有識者達によってこれらの型が整備されるまで型の意識は非常に曖昧だったようで、天は真壁型にも関わらず鳩胸は与那城型といったあいのこ三線も数多く出回っている模様。棹の製作者の名前からその型の名を呼んでいるが、近年では又吉真栄によるマテーシ千鳥やマテーシ鶴亀と言った新しい型の棹を製作する試みもなされている。

・南風原型(フェーバラー)
 最も古い型であり、名工南風原の作と伝えられている。中国の楽器から沖縄の楽器へ
 とステップアップしたという点で南風原の功績は大きい。棹は細身で天(チラ)は
 曲がりが少なく扁平。野坂(スンウリ)は大きく曲がり、野丸(ティアタイ)は
 半円である。野丸と鳩胸(ウトゥチカラ)の区別が殆ど出来ない。高音域の音で
 あっても澄んだ音がでるように野(トゥーイ)は下がっている。さらに拝領南風原型
 (ハイリョウフェーバラー)翁長親雲上型(オナガペーチン)に分ける。
・知念大工型(チニンデーク)
 初代三線主取であった知念の作とされる。棹は太く、天の曲がりは大きい。天の部分
 と野丸の下部から鳩胸にかけて痩せ細った馬の背のように中央が盛り上がっているの
 が大きな特徴。天も南風原型と比べて広い。野坂は短く、野丸は丸みを帯びている。
・久場春殿型(クバシュンデン)
 久場春殿の作とされている。沖縄県の三線では最も大型で、天の曲がりが小さく薄い。
 上部から下方へ次第に太くなり、野丸と鳩胸の区切りが殆ど出来ない。胴内の軸には
 三角形の穴があり、両側には碁盤のへそのような溝がある。芯の付け根に段が刻まれ
 ている。かつて辻界隈の遊郭では護身用の武具(棍)として用いられたという逸話が
 ある。
・久場の骨型(クバヌフニー)
 久場春殿の作。横から見ると蒲葵の骨に似ていることからその名がついた。三線の中
 でも箏と匹敵する程の美音を持つ。棹が三線の中で最も細く、久場春殿型とは対照的
 である。南風原型を一回り小さくしたように見える。野丸と鳩胸の区切りは殆ど出来
 ない。
・真壁型(マカビー)
 名工真壁里之子の作。均衡がとれたその美しさから真壁型が最も多く製作され、かつ
 人気も高い。開鐘と呼ばれる三線は全てこの型。他の名工達と異なり、現在で言う
 公務員の職にあった真壁の棹に対する情熱は相当なもので、完成した棹であっても
 納得のいかないものは薪として火に焼べたと言われている。棹は細身で天は中絃から
 曲がり、糸蔵(チルマダイ)が短い。宇根親雲上型(ウーニペーチン)もこの型に
 属する。
・平仲知念型(ヒラナカチニン)
 三線主取であった知念の弟子、平仲の作。棹は細めだが、鳩胸に丸みがない。天は
 大きく湾曲していて、中央は少し盛り上がって丸みを帯びている。知念大工の系統と
 見る人もいるが、現在の動向では「平仲知念型を型として再検討する必要がある」と
 いう風潮のようである。
・与那城型(ユナー)
 真壁型と同時代の与那の作とされている。琉球古典音楽の演奏家はこの型を好む傾向
 にある。この型は更に小与那型(クーユナー)、江戸与那型(エドユナー)、
 佐久川与那型(サクェカーユナー)、鴨口与那型(カモグチユナー)に分かれる。
 真壁型よりも棹厚く、月の輪と棹の野面とが直角をなしているのが大きな特徴。天は
 糸蔵の先から曲がり、範穴はやや下方に開けられている。糸蔵は長く、鳩胸も大きめ。
 特に江戸与那型の芯には大小3つの穴が開けられている。後世に自分よりも優れた
 名工が現れたとき、修正の余地を与える意味で厚くしたと言われている。

出展:wikipediaより

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